日本では閻魔様として、使者の罪を裁く恐ろしい形相の神として知られる存在である「ヤマ(Yama)」。
もともとは、インドの古代文献である「リグ・ベーダー」では、太陽神ヴィヴァスヴァト(Vivasvat)の息子として、妹ヤ
ミと共に、この世に最初に生を受けた人間として描かれています。
そしてヤマは旅の途中で、冥界への道を発見し、最初の死者となりました。
そして、この地上に生きる人間が死んだ時には、その魂を死後の世界へと導き、その死後の世界を統治する王となったと
されています。
そのために、ヤマはムリティユ(Mrtyu・死)、アンタカ(Antaka・最終の者)、シャマナ(Samana・消滅させる者)と
呼ばれることもあります。
また、ヤマは祖霊 (Pitri)達が暮らす場所、天界のもっとも高いところにある「ピトリス」の支配者であったことから
ピトリパティ(Pitrpati・祖霊の主)とも呼ばれたようです。
その頃のヤマは、決して死んだ人達を裁くような事はなく、天国の最も高い場所にある「ピトリス」と呼ばれる黄金に輝
く光の楽園で祖霊たちと共に、豊かに幸せに暮らしていたといわれています。
当初はどんな人間も、彼の輝く楽園へ案内され、幸福な生活が約束されていたのですが、時代が過ぎ去ると共に楽園の門
戸は時代とともに狭められ、新たに地獄が用意されました。
その理由は、もしかすると、人間の心に自我の意識が芽生え、純粋な魂ばかりではなくなってきたからかも知れません。
(キリスト教の、楽園追放の神話と似ていますね)
やがて、ヤマは光の楽園をインドラ神に委ね、南方の地下にある冥府カリチを治める事となりました。
それは、ダルマ(法)が失われて混乱の時代カリ・ユガが始まった時期でもあるといわれています。
人々は、純粋な善なる存在から、自由意志のもとで様々なカルマを生み出す存在となりました。
そして、人々の死にあたって、そのカルマや生前の所業がヤマによって、調べられ裁定を受けることとなったのです。
勿論ヤマは、死者を罰するためでなく、死者の魂を、死者たちの楽園に迎え入れるために、死者のカルマや諸悪を問いた
だし浄化していったのだと思われます。
私達に伝わっているヤマ(閻魔様)のイメージは、ここから生まれてきました。
儒教や仏教の影響を受け、「悪い事をすると、閻魔様から罰せられますよ。」、とか「嘘をつくと、閻魔様から舌を抜か
れますよ」という言葉は、私達の幼い心に、恐怖と共に悪い事をしてはいけないのだ、うそをついてはいけないのだ、と
いう意識を育んできたのです。
勿論、其れも、ヤマの仕事のひとつであったかも知れません。
「舌は災いの元」ともいわれますから、私達人間の魂から【災いの元】となるカルマや自我意識を抜き取り、純粋な魂の
状態へと戻してくれるなら、ヤマはまさに私達の魂の守護者であり導き手でもあります。
「リグ・ベーダー」には、人が死んだ時に、邪悪なる存在にその魂が奪われないようにヤマに守護をお願いする祭祀が語
られています。
その祭祀とは、死者が無事に、死者の楽園(最高天)に導かれ、祖先に迎えられ、カルマや悪行を拭い去り、祈りによっ
て、光輝に満ちた新たなる身体を手に入れることを願うものでした。
そして死者が、死者の楽園に導かれることによって、生きている人々が、長き命を全うできるようにと祈る事でした。
つまり、死者が、死者の楽園に導かれず、その魂がこの世に残ることによって、家族たちの生命が脅かされることがある
と考えられていたのかも知れません。
祭祀は、ヤマとその父親である太陽神ヴィヴァスヴァト、祖霊(先祖の霊)を呼び出して、ソーマ酒や供物を捧げ、アグ
ニ(火神)とヴァルナ(水神)の力を借りて行われました。
人々は、死者に対して「行け、行け、太古の道によって、われらの古き祖先が去り行きし所へ。」の言葉を贈ったという
ことです。
このことからも、ヤマの本来の働きは、死者の魂を、安全に楽園に迎え入れ、新しい転生のために、カルマや悪行の元を
断つと共に、この世に迷う魂達が、生きている人々に悪い影響を及ぼさないように、死者の魂を、邪悪な存在から守る働
きをしたということでしょう。
きっと命がけで、人々の魂を、妹であるヤミと共に守ってくれたのでしょう。
そのヤマ(ピトリパティ)が、私達の元に現われたという事は、再びヤマの存在、ヤマの働きをこの地上に現す必要があ
るためだと思います。
私達の愛すべき人達の魂を守るために、そしてこの世界の裏で暗躍する様々な企みから、人々のみならず多くの生命達の
純粋な魂と豊かな生活を守るために、ヤマとヤミの力が、再び必要となるのでしょう。
参考
岩波文庫「リグ・ウェーダ」 辻直四郎訳
インド曼陀羅大陸−神々/魔族/半神/精霊− 蔡丈夫
著
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